『となりのトトロ』と座間市の事件は、私の中ではつながっています。
座間市の事件のニュースに触れ、被害者9人の方の顔写真を拝見し、大変ショックを受けました。15歳から20歳代という若い方ばかりで、私が直接に知っている方がいても全くおかしくないということを思い、事件が私のすぐそばで起きているということを実感させられました。
被害者の名前や顔写真を報道することには、色々な意見があることだ思います。しかし私は、報道を通して、被害者ご本人やご家族がただの数字ではなく、血の通った人間として存在したのだということを強く実感することになりました。私が感じたことは、ひとり一人がかけがえのない存在であり、私のすぐ傍にいたかもしれないひとりの人間だということです。あらためて犯罪を許せないという気持ちを強く持ちましたし、犯罪を許してしまった社会のあり方も考えていかなくてはならないと感じました。
報道が被害者やご家族をさらに傷つけてしまう可能性を持っていることを、忘れてはならないと思います。また、報道に対する私たち自身の姿勢や態度が、被害者や家族を傷つけてしまうことも忘れてはならないと思っています。報道に触れた人は単に「情報」として事件や被害者の方を知るのは被害者の尊厳をさらに傷つけてしまうことにつながると感じます。自分や社会のあり方を見つめ直すきっかけとして、報道を受け止めていくことが、最低限度の姿勢として求められていることではないかと思います。
ところで、スクールカウンセラーが小中学校・高等学校で活動をはじめたのは、1995年です。その年から、私はスクールカウンセラーとして22年間活動してきました。全ての被害者の方は中学生や高校生の頃に、スクールカウンセラーがいる学校で学び生活をされてきたはずです。被害者の方たちは、私の勤務した学校の生徒だったかもしれないのです。そう思うと、気持ちの上でのショックもさらに大きく感じます。もちろんスクールカウンセラーが、全ての子どもの未来をサポートできないことはもともと分かっています。改めて、サポートの手が届かない子どもたちがいることを、まざまざと見せつけられたように感じます。
実は、私たちに出来ることは何か、しなければならないことは何か、ということは既にわかっています。子ども自身や家族の責任にすることなく、危機にある子どもにサポートを届けることです。そのためには、知らなかった、気づかなかったではなく、まず、危機にある子どもたちに気づくことがスタートです。
ところで、『となりのトトロ』の物語では、主人公のサツキは、実は危機に直面しています。こんなふうに書くと驚かれる方がいらっしゃるかもしれません。母親が死んでしまうかもしれないという不安に直面し、知らない土地に引っ越してくるという心の危機に直面しています。しかも、父親は子どもたちをしっかりサポートしてくれるわけではありません。例えば、妹のメイがトトロに出会った背景には、父親が4歳の子どもに昼食も与えず夕方まで放置していたことがあります。母親の死の不安に直面したメイが、勝手に病院へ向かったのも、大人に不安を打ち明けたり、気持ちをサポートしてもらっていないことが背景になっています。これらは、実は命の危険のあることです。サツキは毎日の生活を、大人の代わりに切り盛りしています。子どもたちだけで父親をバス停まで迎えに行き、真っ暗になっても待ち続けています。こんなふうに、十分にサポートされていない家庭の中で、子どもたちは過ごしていたのです。子どもたちが持っている明るさや、生き抜く力は素晴らしいのですが、大人のサポートが十分に届いていないということに気づくべきだと思います。
『となりのトトロ』の世界では、家庭のサポートが十分でなかったとしても、物語はハッピーエンドに向かっていきます。それは、「家庭のサポート」の外側に「地域のサポート」、さらに外側には(トトロなどの)「人間を超えた存在のサポート」があるからです。『となりのトトロ』の世界では、親のサポートが十分ではなくても、あるいは、親のサポートが十分ではないからこそ、子どもたちはのびのびと力を発揮して、幸せに育っていけるのです。
現代の現実社会はどうでしょうか? 「家庭のサポート」の外側には、「地域のサポート」はあるでしょうか? 「地域のサポート」が届かなかった子どもたちをさらにその外側でサポートしてくれる存在はあるのでしょうか? 残念ながら、家庭のサポートのすぐ外側には、「人間の悪意」が潜む状況が多いと言わざるを得ません。
『となりのトトロ』は、何度もテレビで放送されていますが、いつも高い視聴率を獲得しています。『となりのトトロ』の物語は、大人には癒やしを与え、子どもには勇気や安心を与えてくれる物語なのだと思います。私たち大人は、『となりのトトロ』の物語を見て癒やされるだけではなく、現代の現実社会の中で生きているサツキやメイたちに、サポートを届けなくてはならないのだと思います。
『となりのトトロ』については、こちらのページもお読みください