公認心理師と臨床心理士

 公認心理師法が、2015年9月9日に議員立法により成立し、2015年9月16日に公布されました。公認心理師に関して説明した厚生労働省のホームページによれば、第1回国家試験は、平成30年(2018年)までに実施する予定だということです。

 スクールカウンセラーには臨床心理士が採用されていることがほとんどです。しかし、平成30年以降に、公認心理師が誕生し、ある程度まで人数が増えてくると、公的資格である公認心理師がスクールカウンセラーの資格要件となると言われています。現実問題として、現在臨床心理士として仕事をしている人の多くは、公認心理師を取得することになると思われています。また、臨床心理士と公認心理師は、非常によく似た資格だと捉えられています。実は、この2つの資格の専門性には本質的な違いがあると考えられます。これは、ほとんど議論されていませんし、ほとんどの臨床心理士はまだ自覚していないことです。まず、臨床心理士について考えてみます。

 

臨床心理士の専門性とは

カウンセリングする臨床心理士
カウンセリング

 臨床心理士はその専門性の中心に構造面接を持っていると考えられます。非日常的な場面を設定して、その中で生じる相互作用を通して、クライエントの心理的な援助を行っていくということに専門性の中核があります。ところで、スクールカウンセラーには臨床心理士の有資格者が任用されていることが大半です。しかし、臨床心理士にとってスクールカウンセラーとして活動することは、応用問題だったのです。例えば、学校という場所は、非日常的な場面ではなく、ごく普通の日常場面です。そのため、初期のスクールカウンセラーは、自分の専門性をどのように日常的な場面で活かしていくのかについてかなり苦労してきました。今までの自分の専門的な活動を拡張して考えたり、比喩や相似という思考を通して、スクールカウンセリングの活動を捉え、実践を行ってきました。それらは、「心理臨床学研究」などの様々な実践報告にその生々しい格闘のプロセスが記されています。つまり、スクールカウンセリング活動は、臨床心理士にとっては応用問題だったのです。

 

 何気なく「臨床心理士」と言われていますが、臨床心理士の「臨床」とは、なんでしょうか? 「床」に「臨」むということですが、病で臥している人の傍にいるという意味です。語源的には、『床(とこ)』は死の床を意味しています。つまり臨床とは、死に直面している人の傍にいるという意味を持っている言葉なのです。

 ところで、人は必ず死んでしまうものです。病で床に伏していない場合でも、常に人は死に直面しつつ生きています。また、人生は一方通行で、やり直しはできません。人生は1回限りです。「臨床」とはそういう意味までつながってきます。健康に暮らしていて病の床にはいない人ではあっても、人生の危機に直面している場合には、自分の人生はやり直しがきかない1回限りの人生であると意識せざるを得ません。そういう人生の本質を見据えていくことが「臨床」ということなのです。

 また、「人生が一度しかない」ということは、カウンセラーとクライエントの出会いの瞬間瞬間もやり直しがきかないこの1回しかないという性質を持っているという考え方につながります。これは、「一回性」という考え方ですが、「臨床」という言葉は、「一回性」という考え方にもつながっていきます。こんなふうに「臨床」とは哲学的な深みを持った言葉です。

 ところで、動物は自分は実は常に死に直面していて、一度しかこの命を生きることはないという意識を持っているでしょうか? 決して、動物はこういった考え方を持つことはできないと想像されます。そういう意味で、「臨床」とは人間の存在の深みを見つめた言葉なのです。

 しかし、一方では臨床という言葉は様々に広がりを持って使われるようになって、臨床とは「実践の」「実際の」という意味であるなどと、簡単に表現されています。死に臨む人の傍らにいるという重みが失われてしまっていて、言葉の深みが失われてしまったように感じます。

 

 以上のように、臨床心理士の専門的な活動は、非日常的な特別な場面を設定して、ひとりひとりの人間の存在の深みまでかかわっていこうとするということが中核になっていると言えます。

 

 

公認心理師の専門性とは

 一方、公認心理師はどうでしょうか? 現実には公認心理師は法律が施行されただけで、有資格者まだ誕生していないので、専門的な活動も行われていません。そこで、「公認心理師カリキュラム等検討会報告書」(平成29年5月31日)から、公認心理師の活動や専門性について考えて行きたいと思います。

 報告書では、カリキュラムの到達目標として、1. 公認心理師としての職責の自覚、2. 問題解決能力と生涯学習、3. 多職種連携・地域連携、4. 心理学・臨床心理学の全体像など、24項目が挙げられています。1項目と2項目は、資格の専門性の前提として必要となる事柄だと言えます。実際の専門性の中身としてまず最初に出てくるのが、「3. 多職種連携・地域連携」です。ここに、臨床心理士とは違った公認心理師の特徴が現れていると考えられます。この項目を見たときに最初に私が思い出したのは、石隈利紀先生(東京成徳大学教授・学校心理学)が良く紹介するアフリカのことわざです。「1人の子どもが育つには、1つの村が必要だ」ということわざです。つまり、公認心理師は、人は多くの人が支え合って生きていることが自然で、その支え手のひとりとして公認心理師もいるんですよ、と位置づけられています。公認心理師はまず連携やチームワークがあり、その中で自分の専門性を発揮していくことが求められています。

 

 

臨床心理士では連携やチーム援助はどう位置づけられているか?

 つまり、この点が公認心理師と臨床心理士は対照的なのです。構造面接という非日常的な1対1の場面を設定してその中でクライエントの心理的な支援を行っていくということが臨床心理士の専門性の中核なのです。臨床心理士の活動の中にも、連携は位置づけられており、「臨床心理的地域援助」と呼ばれています。「臨床心理士の専門業務」(臨床心理士資格認定協会)という解説では、「専門的に特定の個人を対象とするだけでなく、地域住民や学校、職場に所属する人々(コミュニティ)の心の健康や地域住民の被害の支援活動を行うことも臨床心理士の専門性を活かした重要な専門行為です。」と説明されています。「・・・も」という表現に象徴されるように、中核は個人の支援で、コミュニティの支援「も」行うということです。

 

 

公認心理師とスクールカウンセラー

 現在の所、文部科学省の補助事業として行われているスクールカウンセラーの配置事業には、主として臨床心理士が採用されています。臨床心理士以外は「準ずる者」として時給が低く去って漁れており、割合も3分の1程度になっています。

 上述のように、公認心理師は連携やチームを前提とした心理職として資格が作られております。これは、「チーム学校」の考え方とも一致していると言えます。また、公認心理師は、文部科学省と厚生労働省の共同の管轄となっています。こういったことから、文部科学省の補助事業であるスクールカウンセラー配置事業には、公認心理師が資格要件として記載されることは確実だと言えます。

 まだ、公認心理師の有資格者は誕生しておりませんので、来年度(平成30年度)のスクールカウンセラーの募集では、資格要件に「公認心理師」と記載されることはないと思われます。再来年度(平成31年度)の募集には、資格要件に「公認心理師」が記載されると言われています。なお、しばらくは、公認心理師の有資格者は少ないと思われますので、「公認心理師」と「臨床心理士」が併記されるだろうという大方の予想です。

 

 

最後に

資格試験の受験票
資格試験の受験票

 こういった本質的な違いは、これから少しずつ明らかになっていくことだと思います。心理学的な支援が、必要とされる場面で必要とされる人にしっかりと届けられるということのためには、こういった違いや多様性が生じてくるということも大切だと思います。

 

 現実問題として、今臨床心理士を持っている人の多くは、公認心理師の資格も取得することになると思います。また、これから公認心理師を目指そうという学生の皆さんも、臨床心理士を同時に取ることを考えると思います。つまり同時に両方の資格を持つ人が多くを占めると思われます。

 

 公認心理師と臨床心理士は、非常によく似た資格なのですが、本質的な違いがあることを踏まえて、自分の専門性やクライエントの求める支援は何なのかを今まで以上に意識することが必要になってくると思われます。