子どもへの虐待に関して、「一時保護をちゅうちょなくするように」とか「通告から48時間以内に子どもと面会できない場合には強制立ち入り調査を行う」ということが政府から方針として強調されているとの報道です。
児童虐待、面会拒否でも立ち入り調査を義務化(ニフティニュース2018年7月20日)
児童虐待 ちゅうちょなく一時保護(毎日新聞2018年7月18日)
児童虐待防止という現場の最前線での強い働きかけを進めていく方針のようです。しかし、多分そういう方法では児童虐待への対策は実効性が極めて小さいのではないかと思います。
最前線の現場の努力が足りないから子どもが死んでしまうのではなく、児童福祉行政の未整備という大きな問題があるから、どんなに最前線の現場で努力しても子どもが死んでしまうのだと思います。
1つの提言:児童相談所の機能を分ける
嘆いたり、文句を言っているだけでは、虐待による子どもの死亡を防ぐことはできません。1つの提言をしたいと思います。児童相談所の2つの機能(介入と支援)を分けることです。
児童相談所は2つの機能を持っている
子どもの虐待に対して、児童相談所は、相反する2つの機能を持っています。虐待が生じている家庭から、子どもを引き離して、一時保護するということが注目されていますが、児童相談所が行っていることは、それだけではないのです。
児童相談所は、子どもへの関わり方が虐待に陥っている家庭、虐待に近づいている家庭を支援して、子どもに適切な方法で関わって子育てできるように促していくという機能を果たしいます。深刻な児童虐待を予防して、子どもが自分の家庭の中で安心・安全に暮らしていくことを支えるという意味で、大変重要な機能です。つまり、家庭を「支援」するという機能は児童相談所の重要な機能なのです。
支援している家庭に対して、支援を続けていっても子どもの虐待が続いてしまうという状況の場合に、児童相談所は子どもを引き離すという機能を果たさなくてはなりません。その機能は「介入」という機能です。
つまり、児童相談所は、児童虐待の問題に対して、保護者から子どもを引き離して子どもを一時保護をするという機能(介入)と、保護者を支援して虐待をしないで適切な子育てを行えるように支援していくという機能(支援)の2つの機能を果たしているのです。
児童相談所は難しい設定で対応している
一時保護をするということは、保護者に子育てをさせないということです。支援していくということは、保護者が適切に子育てをできるように助けるということです。つまり、この2つは、相反する性格を持っている機能なのです。相反する2つのことを同時に行わなくてはならないというは、大変難しいものです。この状況は「アクセルとブレーキを同時に踏む」とか「右手で握手をして左手で相手を殴る」などと、たとえられています。大変難しい状況設定で、活動をしていることが想像していただけるかと思います。
児童相談所は大谷翔平選手ではない
ところで話は、急に飛んで野球のことになります。野球というスポーツに含まれている要素を限りなくそぎ落としていくと、最後には何が残るでしょうか? ピッチャーがボールを投げることと、バッターがそのボールを打つこと、という2つの要素が最後まで残るのではないかと思います。この2つは、野球というスポーツにとって、本質的に大切な2つの要素です。だからこそ、野球をプレーする人は、投げることも打つことも、どちらも上達して行きたいと思うことが自然だと思います。しかし、それを高い水準で成し遂げることは、きわめて難しいものです。
ところで、大谷翔平選手をごぞんじでしょうか? 大谷翔平選手は、二刀流で知られている、プロ野球選手です。Wikipediaによると
投手と打者を本格的に両立する二刀流であり、2014年にはNPB史上初となる「2桁勝利・2桁本塁打」(11勝、10本塁打)を達成。翌2015年には最優秀防御率、最多勝利、最高勝率の投手タイトルを獲得。翌2016年には、NPB史上初の「2桁勝利・100安打・20本塁打」を達成。投打両方で主力として日本ハムのリーグ優勝と日本一に貢献し、NPB史上初となる投手と指名打者の2部門でのベストナインの選出に加え、リーグMVPに選出された。
また、球速160km/hの日本のアマチュア野球最速投球記録、更に165km/hのNPB最速投球記録保持者である。
投手としても打者としても素晴らしい選手なのです。つまり、相反する2つの要素を高い水準で実現させることができた、ある意味天才と努力の人です。
ある意味、野球が好きな人にとっては、夢のような存在です。大谷翔平選手のようになりたいと夢を持ち、相反する2つの要素を両立させようと、努力し理想に近づこうとすることは、素晴らしいことです。しかし、現実としてそれが実現できるかどうかは、実現できなければ、野球ができないのかというとそうではありません。
たくさんのプロ野球選手がいますが、二刀流は、大谷翔平選手だけです。大谷翔平選手のいないチームでも、チームは観客を楽しませ、優勝することができます。
このことを、児童相談所による児童虐待対策に当てはめて考えてみます。児童相談所は大谷翔平選手のような二刀流を目指しても良いのですが、大谷翔平選手のような二刀流になれなくても、児童虐待から子どもを助けなければならないのです。
理想的には、児童相談所の介入と支援という2つは統合されるべきものだ(つまり二刀流)という考え方もあります。つまり、その考え方には、私も賛成です。しかし、たくさんケースを抱えた中での現場の最前線で、そういった理想的な働きをすること(二刀流)ができるかどうかには、大きな疑問があります。子供の命がかかっているのですから、現場の職員に難しい状況設定で仕事をさせるのではなく、仕事をしやすい状況設定をすることが大切ではないかと思います。
児童相談所の機能を分割しよう
つまり、今の児童相談所の機能を分割して、一時保護や親権の停止を担う「児童虐待防止機関」と、ちょっとした子育て相談から虐待の一歩手前の子育て相談育て相談、そして虐待に陥っている親の子育て相談まで幅広く担う「子育て支援機関」という2つの機関を立ち上げることが現実的であり、必要ではないかと思います。
機能を分割していない今の問題
児童相談所が子どもを一時保護した後にも、家庭への支援は継続して行わなくてはなりません。一時保護をしても、ほとんどの場合、親子の関係は一生続きます。そして、子どもは家庭に戻っていくことが大半です。つまり、介入(一時保護)した後も、支援は続けていかなくてはならないのです。
保護者の側に立つと、子どもと引き離された(介入を受けた)後に「支援します」と言われても、引き離した当事者である児童相談所に怒りや悲しみをぶつけたくなるのは当然です。児童相談所から支援を受けたいとは思わないでしょう。
虐待をする保護者も、子どもを愛して大切に育てたいという気持ちが必ずどこかにあります。支援することは、その気持ちを認め、支えていき、励ましていくことが基本です。しかし、一時保護(介入)は、保護者にとっては、そういう気持ちが否定されたという体験になります。今まで味方だった人から裏切られるという感覚でしょう。保護者の傷つきは大変深いものになるでしょう。同じ児童相談所がその後も支援を継続しようとしてもかなり難しいということは想像していただけると思います。
児童相談所は、そういったことが分かっているため、一時保護にはためらう気持ちが生じてきます。そして、一時保護が遅れてしまうという場合も起きてしまうのです。
機能を分割するとどうなるか?
機能を分割して考えます。「子育て支援機関」は、子育て支援のみの機能を果たし、「児童虐待防止機関」は、介入の機能を果たします。「子育て支援機関」は、虐待をしている親であっても支援し続けます。親が子どもを愛し、大切に育てる気持ちをサポートし、子育てのノウハウを伝えて支援を行っていきます。虐待がある程度以上にひどくなってしまった場合には、「児童虐待防止機関」が介入をして、子どもを一時保護します。しかし、その後も「子育て支援機関」は、親の支援を続けます。今まで通り、子どもを愛し大切に思う気持ちをサポートし続け、子どもを引き取れるように支援します。そして、どうすれば、再び子どもと一緒に暮らすことができるようになるかを親と一緒に考え、親が適切な子育てを行えるように支援し続けます。その支援を通して、親が良い方向に変化していくことが確認できた場合に、一時帰宅などの方法をとることができるのです。
子どもの一時保護もやりやすく(つまり子どもの命の危険を回避しやすい)、しかも、その後の支援も続けやすくなると期待できると思います。
ぜひ、「児童虐待防止機関」と「子育て支援機関」を分けるように制度を作り直してほしいと思います。