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不登校とトラウマ

お子様が、学校に行けない状況は保護者にとって、本当に心配になる状況だと思います。それだけではなく、休ませた方が良いか、無理をしていかせた方が良いかなど具体的現実的なことも本当に迷うと思います。また、休ませるとしても、家で1人で置いておくことも難しい場合もあって、本当にどうしたら良いか難しい場合がほとんどだと思います。

 

こういったことがあるため、学校へ行くか行かないか、行かせるか休ませるかということに、焦点が当たりがちです。もちろん、それも重要なのですが、学校へ行くのがつらいことや学校へ行けないことの背景を考えてみることも重要です。

 

実は、不登校の背景にはトラウマが隠れていることが多いのではないかと考えられます。

 

トラウマが背景にある不登校の例

 

例えば、次のようなことがあります(良くあるエピソードから作成した事例です)。

 

Aさんは、小学校の低学年の児童です。隣の席の児童(Bさん)は、忘れ物が多くて、先生によく叱られていました。そのため、Aさんは忘れ物はしないのですが、Bさんが忘れ物をしていないか、いつも心配になってしまいました。そんなある日、Bさんは国語の教科書を忘れてきてしまいました。担任のC先生はいつもよりも非常に厳しくBさんを叱りました。Aさんは、隣の席でそれを間近で見ていました。

 

その次の日から、Aさんは学校の準備をするときに、何度も持ち物を確認するようになりました。母親が「忘れ物ないよ」と話しても「忘れ物してない?」と言います。「大丈夫だよ」と母親が言うと、Aさんは「先生に叱られる」と言ってくるので「忘れ物してないから、大丈夫だよ」と重ねて言っても、不安な様子はほとんど変わりません。また、母親がAさんと一緒に持ち物を再度確認しても、やはりAさんはほとんど安心できないようです。朝もなかなか登校できないため、毎朝遅刻して登校するようになり、欠席することも増えています。

 

こういった場合は、Aさんがただの心配性というよりは、怖い体験をしたことが影響しているのではないかと考えるのが良いと思います。Aさんが直接叱られたわけではありません、隣の席の児童が叱られていることを見ていたときの怖かった体験がトラウマとなっていると考えられます。

 

学校の準備をすることや、朝学校へ行こうとすることが「トリガー」(きっかけ)となって、強い不安が生じてきてしまい、学校へ行けなくなっているのだと考えられます。

 

つまり、Aさんの学校へ行きづらい状態や学校を欠席している状態(不登校)の背景にはトラウマがあるのです。

 

Aさんの不登校の背景にあるトラウマの模式図

トラウマの症状化やPTSDの模式図

過去の出来事はトラウマ記憶となって保存されているのですが、現在の状況がトリガーとなって、そのトラウマ記憶を活性化します。そして、そのトラウマ記憶が強い不安を生じさせてしまうのです。

 

どうサポートしたら良いか?

 

トラウマの影響から少しずつ抜け出して行くには、安心安全を回復していくことが最も重要です。そのためには、大人が子どもの不安な気持ちをしっかりと受けとめることが第一歩です。

 

しかし、大人が「心配ないよ」とか「大丈夫だよ」と言っても、一緒に忘れ物がないかどうかを確認しても、子どもの安心安全はなかなか回復できません。上記のトラウマから不安が生じるというメカニズムは変化しないからです。

 

そのメカニズムは少しずつ変化していくのですが、時間がかかります。そこで、まずは子どもが感じている不安な気持ちに焦点を当てて、それを言葉で表現しつつ受けとめる(承認する)ことが重要です。それを通して、子どもの安心安全が回復していきます。

 

 

例えば、「すごく心配になっちゃうのね」「忘れ物のことを考えるだけで、すごく不安になっちゃうんだね」などと温かく言葉にして子どもに伝えてみます。Aさんは「先生に叱られる」とも言っていますから、「先生に叱られるって考えたら、それは誰でもすごく心配になっちゃうよね」などと、返しても良いと思います。

 

「人は誰でも同じように不安になったり心配になったりするものだ」という姿勢・雰囲気で子どもに伝えるのが大切です。そういうふうに言ってもらえると、不安な気持ちが、大人(親)との安心の関係に包まれるような感じになって、不安な気持ちが少し和らいできます。

 

大人は、子どもを安心させようとして、「心配ないよ」とか「大丈夫だよ」などと子どもに伝えるのことが多いかもしれません。しかし、その場合は「大人が自分の不安を受けとめてくれた」とは子どもには感じられません。むしろ分かってもらえなかった、否定されたと感じがちです。そのため、子どもは自分だけで自分の不安を抱える状況になってしまいます。場合によっては、子どもはその不安に押しつぶされてしまう可能性があるのです。

 

そのため、繰り返しになりますが、「すごく心配になっちゃうのね」「忘れ物のことを考えるだけで、すごく不安になっちゃうんだね」などと温かく言葉にして子どもに伝えることが重要なのです。

 

最初はトラウマがあるかどうか分からない

 

実は、最初は学校がつらい状態や学校へ行けない状態の背景にトラウマが隠れているかどうか分からないことが極めて多いと考えられます。トラウマの症状のひとつに「回避」と呼ばれている症状があります。その記憶を思い出すことや記憶が活性化されるような状況を避ける(回避する)ということです。

 

そのため、Aさんのような場合でも、Aさんは【隣の席のBさんが忘れ物をして先生に叱られた】ということを話していない場合がほとんどです。保護者の立場からは、【Aは忘れ物をしたことないから、どうして心配するか分からない】、【忘れ物していないことを確認したから、不安になるはずがない】と感じると思います。それは、無理もないことだと思います。そのため、最初はトラウマがあることには、ほとんど気づけないと思います。

 

トラウマについて聞いてみる

 

トラウマについてお子様に聞いてみるのもひとつの方法です。ただし、必ず上記のように不安な気持ちを言葉で受けとめて承認するような関わりをしっかりと行ってからにしてください。

 

ある程度、安心安全が確保できている状況でないと、上記のような回避が強く生じると考えられます。そのため、子どもは強い葛藤状態に置かれてしまい、状態が不安定になったり、不安が余計に強くなったりしがちです。

 

しっかりと不安を言葉で受けとめてから、「・・・・っていうのは、どんなことから分かるの?」「今、どんなことが頭の中に出てきちゃう?」などと、聞いてみます。

 

細かいことですが、重要なことなので詳しくお伝えします。「どうしてそう思うの?」などと、「どうして」という聞き方は必ず避けてください。非難している雰囲気があるため、子どもは余計に不安になってしまうからです。また、「思うの?」という聞き方よりも「分かるの?」という聞き方をお勧めします。子どもは思っているわけではなく、「叱られるものだ」と確信に近い形で捉えている場合があります。そのため、「思うの?」と聞くと「だってそうだから」というような返事(つまり「そういうものだ」という意味)が返ってくることが多いと思います。「どんなところからそう分かるの?」などと聞いてみることをお勧めします。

 

例えば、こんな感じです。

Aさん 忘れ物、大丈夫かな?
おとな 心配になっちゃうのね。
Aさん 先生に叱られちゃう。
おとな 先生に叱られちゃうって考えたら、誰でもすごく心配になっちゃうよね。
Aさん すごく心配・・・。
おとな 先生に叱られちゃうっていうのは、どんなことから分かるの?
Aさん だって・・・、前にBさんが・・・。
おとな そうなんだね。Bさんが叱られちゃったんだね。
Aさん うん。・・・。
おとな   あなたは叱られてないけど、Bさんが叱られたことがあって、それでショックだったんだね。
Aさん そう。
おとな あなたは忘れ物してないけど、Bさんが忘れ物して叱られちゃったのね。そういうのを思い出すと、すごく心配になっちゃうよね。

不登校の背景になり得るトラウマの例

小学校低学年

・慌てて給食を食べてのどに詰まらせた(吐いた)

・絵の具の水入れを持っていた時に、後ろからぶつかられて転んだ

 

小学校高学年以降(中学生・高校生)

・友達が数人いる状況で、容姿をからかわれて全く反応できなかった

・数人のグループ内で毎日いじられ、反論や抵抗しても全く効果がなかった

 

こういった場合には、相手が叱る声やからかう声などが頭の中で再生されるように思い出されることが多いようです。その時の声が聞こえてくるような感じがすると思うと、強い不安が生じてしまうのも無理も無いことだと感じます。

 

詳しく取り上げた、Aさんの例でも、先生がBさんを叱る声が頭の中に聞こえてきているのかもしれません。

 

別の記事では、中学校時代の教師からの不適切指導によって、高校で不登校になってしまう場合があることについて解説しました。

中学時代のトラウマから高校生になって不登校になる場合があります

 

トラウマが背景にある不安から回復するには

 

「心配になっちゃうよね」などと不安な気持ちを承認した上で、「どんなところからそう分かるの?」などと聞いて、背景にトラウマがあることが分かってきた場合は、そこから少しずつトラウマから来る不安に振り回されないように、サポートしていくことが重要になります。

 

そのためには、先生にも協力してもらう必要がありますし、子ども大人が協力して、不安に対処することが大切になります。そのため、子どもや状況に合わせて具体的・個別的なサポートが必要になります。

 

担任の先生や学校のスクールカウンセラーに相談して、子どものサポートを考えていくこともひとつの方法です。もちろん、リソースポートも保護者様からの相談を歓迎いたします。

 

一般に、子どもが知らない大人(SCやカウンセラー)に相談することは、心理的な負担になります。一方、トラウマから学校に行きづらくなっている場合には、子どもは安心安全が失われた状況になっています。そのため、子どもが相談することは、子どもの心理状況が不安定になることにつながります。まずは、保護者がSCやカウンセラーに相談しながら、子どもがカウンセラーを無理なく利用できる良い機会を待つことをお勧めします。

 

この記事の執筆

半田一郎(公認心理師・臨床心理士・学校心理士スーパーバイザー)

更新日:

 

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