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トラウマとPTSDの違いと対応

 

【PTSD】というのは、【心的外傷後ストレス障害】という医学的な診断を示す言葉です。そのため、PTSDには厳密な定義があります。一方、【トラウマ】とは診断をしめす言葉ではなく、一般的に使われている言葉です。そのため、厳密な定義はないのですが、一般的に【心の傷】という意味で使われています。

 

PTSDの場合も原因になった出来事がトラウマの記憶となっています。

 

PTSDとは

 

米国精神医学会診断統計マニュアル第5版(DSM-5)の基準によれば、心的外傷後ストレス障害(PTSD:Post-Traumatic Stress Disorder)とは、実際にまたは危うく死ぬ、深刻な怪我を負う、性的暴力など、精神的衝撃を受けるトラウマ(心的外傷)体験に晒されたことで生じる、特徴的なストレス症状群のことを指しています。

 

 

PTSDの4つの症状

症状は大きく4種類の症状があります。【侵入症状】【回避症状】【認知と気分の陰性的変化】【過覚醒と反応性の著しい変化】の4種類です。

 

侵入症状

トラウマとなっている記憶やそれに伴う不快感や苦痛が、突然心の中に浮かんでくるなどの症状です。寝ているときにも、何度も悪夢を見るような場合があります。

 

回避症状

トラウマ記憶と関連している物事や出来事を思い出したり考えたりすることを知らず知らずのうちに避けてしまうという症状です。

 

認知と気分の陰性の変化

自分自身や自分以外の他人や社会状況などをマイナスに捉えてしまう傾向が強くなります。また、辛い気分や感情が強くなり、色々なことに興味や関心が持てなくなったり、周囲からの孤立感を感じたり、ポジティブな感情を感じにくくなったりします。

 

覚醒度と反応性の著しい変化

いらいら感や焦燥感が強くなることがあります。また、突発的で無謀な行動をしてしまったり、過剰な警戒したり、ちょっとしたことで大きく驚いたり、何科に集中するのが難しくなったりすることがあります。また、なかなか眠れない、寝付きが浅くなる、途中で目が覚めてしまうなどの睡眠の問題が生じることもあります。

 

PTSDにつながる出来事

こういった症状を引き起こしているものが、過去に体験した死んでしまうような出来事の記憶だと考えられます。

 

PTSDに当てはまるような出来事(トラウマ体験)としては、災害、暴力、深刻な性被害、重度事故、戦闘、虐待などです。

 

例えば、大きな交通事故に遭ったが一命を取り留めたというような出来事です。

また、そのような出来事に他人が遭遇するのを直接的に目撃することや、家族や親しい者がそういった出来事に巻き込まれたのを知ることもPTSDに当てはまる出来事(トラウマ体験)となります。

 

つまり、PTSDという診断がつくためには、過去の【死んでしまうような出来事】と現在の【4つの症状】の両方が必要なのです。

 

トラウマがあってもPTSDとは限らない

 

PTSDの診断基準から考えると、過去に死んでしまうような体験をしたけれども、全く症状がない人はPTSDに当てはまりません。また、もし4つの症状があっても過去に死んでしまうような体験がない人がいたら、PTSDには当てはまらないのです。

 

しかし、現実的には死んでしまうほどではない出来事でも非常に辛い体験をした人には、PTSDと同じような症状がでてくることが知られています。

 

例えば、次のようなことがあります(良くあるエピソードから作成した事例です)。

会社員のAさんは会社を休職中です。会社の新規プロジェクトに抜擢された際に、ちょっとしたミスを重ねてしまい上司から何度も指摘されたことがきっかけとなって、体調を崩してしまいました。頑張ろうという気持ちは強かったのですが、仕事のことが頭に浮かんでくる度に、またミスをするかもしれないなどと不安になっていました。そして、不安に関連することをずっと考え続けてしまい、ほどんど眠れない日が続いていました。最終的に、体調を崩してしまったため、休職することになりました。

 

3か月の休職を経て、睡眠のリズが整い体調が回復してきたことから、主治医も会社への復帰を勧めてくれました。Aさん自身も早く復帰して頑張ろうという意欲を持っていたのですが、会社復帰の日が近づいてくると、また強い不安が生じてくるようになりました。仕事の事を考えると、同じようなミスを繰り返してしまうかもしれないと考えてしまい、強い不安が生じてきました。そして、また眠れなくなってしまいました。趣味の習い事もやる気が起きなくなって、家から出かけられませんでした。会社からの連絡が携帯にくることもあるのですが、携帯に着信があると、思わずビクッと反応してしまうことが多くなりました。

 

会社に復帰したら業務に少しずつ慣れていく計画があって、Aさんが心配するようなミスが生じる可能性は極めて低い状況です。Aさんはそのことは頭では分かっていて、自分の事を心配のし過ぎだと思っています。それでも、不安が出てきて、グルグルと色々なことを考えてしまい、眠れない日々が続いています。会社に行って復職サポートの担当者と面接する予定でしたが、家から出られず延期してもらいました。

 

こういった場合は、Aさんはただの心配性というよりは、過去の体験がトラウマとなっていて辛い状況に陥っていると考えるのが良いと思われます。何度かミスを重ねて上司に指摘されたという体験がトラウマとなっているのです。そして、そのトラウマが不安というマイナスの感情やまたミスを繰り返してしまうのではないかという悲観的な考えにつながっていると考えられます。

 

会社に復帰するという状況がきっかけ(トリガー)となっていて、仕事のミスやそれに対する上司の指摘という記憶が活性化され、それに伴って不安や悲観的な考えが生じていると思われます。

 

Aさんの様子を詳しく捉えると、色々な反応や症状が見られます。

 

例えば、Aさんから話を聴いてみると、Aさんが会社のことを考えた時には、自分がミスをした場面が思い出されてきて不安になっていることが分かりました。これは、【侵入症状】だと言えます。また、怖い夢を見てうなされて起きることもあるということです。これも【侵入症状】です。また、会社での面接の際に家から出られなかったことは、一種の【回避症状】だと言えます。また、同じようなミスを繰り返してしまうかもしれないと考えてしまうことは【認知の陰性的変化】だと言えます。また、強い不安や趣味にやる気が生じないことは【気分の陰性的変化】と言えます。夜なかなか眠れなくなったり、携帯の着信にビクッと反応してしまうことは、【覚醒度と反応性の著しい変化】だと言えます。

 

こういったAさんの反応や症状は、PTSDと同じ反応や症状が生じていると言えます。しかし、AさんはPTSDとは診断されないと考えられます。会社でのミスや上司から指摘された体験は、死んでしまうような出来事だとは言えないからです。

 

つまり、AさんはPTSDだとは言えませんが【トラウマの症状化】によって、苦しんでいると考えることができます。

 

 

トラウマが症状となるメカニズム

トラウマが症状となるメカニズム(トラウマの症状化)

図の内容にAさんの状況を当てはめてみる

Aさんの場合
恐怖や衝撃を感じた体験 仕事でのミスと上司からの指摘
きっかけ 会社に復帰する計画
 トラウマ記憶 ミスをしたことや上司から指摘された体験の記憶
悲観的・否定的な考え 同じようなミスを繰り返してしまうかもしれない

トラウマの症状化

 

Aさんは、PTSDとは言えないけれども、強い不安や苦しい気持ちを抱えていて、現実的にも家から出られない状態で、本当に辛い状態にあると言えます。

 

Aさんのように、PTSDという診断はつかないけれども、トラウマが影響して辛い状態になっていることを、【トラウマの症状化】と呼ぶことがあります。ただの考えすぎや心配しすぎではなく、トラウマが影響していて症状が出ているのだということを表している言葉です。

 

PTSDに苦しんでいる人もたくさんいますが、それよりもずっとたくさんの人がトラウマの症状化に苦しんでいると考えられます。もちろん、トラウマの症状化で苦しんでいる人には、カウンセリングなどの支援やサポートが必要です。

 

トラウマの症状化やPTSDの治療やサポート

 

トラウマやPTSDに効果があるカウンセリング手法が数多く開発されています(例:EMDR療法)。トラウマの症状化やPTSDに悩んでいる人には、そういったカウンセリングの手法を利用することもひとつの方法です。

 

しかし、辛い症状が重いときや頻繁に生じるときには、まずはその症状に対処することから進めていく必要があります。これは【安定化】と呼ばれています。また、トラウマに効果があるカウンセリング手法は、基本的なカウンセリングの上に成り立っています。じっくりとお話をして、それを丁寧に話を聴いてもらうような関わりが大切なのです。それがあるからこそ、カウンセリングの関係の中で安心することができ、トラウマに触れていくことができるのです。

 

こういったことがありますので、トラウマに効果があるカウンセリング手法が短期間で劇的な効果をもたらしてくれるわけではありません。信頼できるカウンセラーを探して、話し合いながら少しずつ進んでいくことをお勧めします。 

 

リソースポートではEMDR療法をご利用いただけます

EMDRは、Eye Movement Desensitization and Reprocessingを略した言葉です。日本語では、「眼球運動による脱感作と再処理法」と呼ばれます。トラウマやPTSDの治療に効果的な手法です。様々な国のPTSDの治療についてのガイダンスで推奨されている手法です。もちろん、トラウマの症状化に苦しんでいる人にも役立つ手法です。

 

EMDR療法の定められた研修は前半と後半に分かれており、それぞれWEEKEND1、WEEKEND2と呼ばれています。代表カウンセラーの半田は、両方の研修を2023年10月末に終えました。EMDR療法をご希望の方に実施することができますので、ご相談ください。

  

詳しくは、以下のブログ記事をご参照ください。

 EMDR療法をご利用いただけます。

 

また、半田はトラウマやPTSDについての研修を幅広く受講して学びを深めております。トラウマやPTSDに関する研修歴につきましては、以下のブログ記事をご確認ください。

 トラウマへの支援について受けた研修

 

 

この記事の執筆

半田一郎(公認心理師・臨床心理士・学校心理士スーパーバイザー)

更新日:

 

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