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ドラマ『ファースト・デイ わたしはハナ!』

ファースト・デイ わたしはハナ!

 

NHK for Schoolのホームページから『ファースト・デイ わたしはハナ!』というドラマを観ることができます。

 

2019年にオーストラリアで作成されたドラマです。主人公のハナは、トランスジェンダーなのですが、新しく中学校に進学する直前のところからドラマがスタートします。ハナは様々な不安に直面するのですが、友達に支えられながら自分らしく生きていく道を少しずつ見つけていくストーリーです。

 

約25分の動画が4話という短めの物語です。中学生らしい不安がよく表現されている大変素晴らしい物語です。多くの方にお勧めします。

主人公のハナを演じたイーヴィー・マクドナルドさんは、自分自身もトランスジェンダーであることを公表しています。ホームページでは、イーヴィーさんのインタビュー動画も見ることができます。イーヴィーさんは、ドラマでハナを演じたことについて次のように語っています。

 

「演じてみて、もっとも難しかったのは、自分が経験してきた感情をハナとして再現することでした。自分自身の感情を思い返し、ハナにあわせて変えたりもしました。ハナの物語は、たくさんの人の実話をベースにしたものなんです。なるべくリアルにするため制作チームは、トランスジェンダーの人々を取材しました。すべてではありませんが、その中には私の経験も含まれています。」

ハナ=トランスジェンダーではない

主人公を演じるイーヴィーさんの実体験が重なる部分があるからこそなのかもしれませんが、ドラマからは、ハナの感じる不安や辛さが生々しく伝わってくるように感じられました。ハナの気持ちが期待と不安に大きく揺れ動く様子や、周囲のサポートで自分らしさを上手く出せるようになるプロセスが、非常にリアルに表現されているように感じました。

 

ドラマではハナを通してトランスジェンダーの人が直面するリアルな現実が表現されているように思います。例えば、トランスジェンダーではない人にはごく自然なことでも、トランスジェンダーの人にとっては、心に負担が生じる事柄が色々とドラマには出てきます。このドラマを通して、それらを知ったり感じたりすることができると思います。その意味は非常に大きいと思いますが、それでも、このドラマの本質はそこではないと感じます。

 

ハナはハナという中学生の一人の女の子で、【ハナ=トランスジェンダー】ではありません。ハナは、新しく中学校に進学にする時に、期待と不安で大きく揺れ動きつつ、友達の支えで自分らしさを見つけることができた一人の中学生なのです。ハナの期待と不安の背景が、トランスジェンダーに対する周囲の無理解だと捉えなくてはならないと思います。

 

ドラマ『ファースト・デイ わたしはハナ!』は、周囲の無理解によってつらい思いをしてきた1人の中学生が、友達のサポートによって自分らしくいられるように成長するプロセスが描かれたドラマなのです。

 

 

SOGIEについて

ところで、SOGIE(ソジー)という言葉があります。SOGIEとは、「 SO」( Sexual Orientation:性的指向・・・好きになる性別)、 「GI」(Gender Identity:性自認・・・自分の性別についての認識)、「GE」(Gender Expression:性表現・・・服装や髪形、一人称など性別についての表現)、という言葉の頭文字を取っていて、性の多様性を表す際に使われています。

 

「LGBTQ+」という言葉には、一般的なジェンダーではなく特別なジェンダーだというニュアンスがあります。自分で自分自身のことを「トランスジェンダーだ」と表現することはよいと思うのですが、他人がある人のことを「トランスジェンダーだ」などと表現することは不適切です。ジェンダーには多様性があるので、ある一面を切り取って、他人が決めつけることは間違っているのです。

 

そういったことがあり、人間のジェンダーには多様性があるという意味を含んだ「SOGIE」という言葉が使われるようになってきたのです。SOGIEという言葉は、(LGBTQ+を含んだ)全ての人が持っている性の要素です。これらの要素の組み合わせで性のあり方が決まると考えることができます。

 

トランスジェンダーを含む自分らしいSOGIEを持つことは、まだまだ特別な場合があります。しかし、特別なことであると同時に、人が持つ様々な特徴の1つに過ぎないということでもあります。しかも、特別なことになってしまう理由の大半は、当事者にはなく社会の側にあります。

 

 

本当は人が持つ多くの特徴の1つに過ぎないということ、しかしそれが、特別なことになってしまうということ、その両面を忘れずにトランスジェンダーなどの様々なSOGIEを持つ人に関わっていかなければならないと改めて感じました。

 

ハナへのサポート

 

ハナは、SNSで否定的な噂を流されたり、嫌がらせの言葉をぶつけられたり、つらい思いを重ねてしまいます。それでも、友達に支えられながら自分らしく生きていく道を少しずつ見つけていきます。周囲の友達の関わりが、本当に素晴らしいサポートになっていると感じました。

 

 

友達のハナへのサポートの中で、特に印象に残っているシーンを紹介したいと思います。

 

友達が名前を呼んでそばに来るように言ってくれる安心感

中学校初めての日で、人と関わることに不安を抱えて一人で過ごしているハナを、たまたま一緒になった生徒がそばに来るように呼んでくれます。大きな不安を抱えたいたハナにとって、名前を呼んでそばに来るように言ってくれたことは、本当に大きな安心につながったと感じました。

 

また、ハナが不安を抱えて登校した別の場面でも、「ハナ」と名前を呼んで自分の隣に座るよう促してくれた子どもがいました。

 

名前を呼ぶということは存在を認めているということですし、そばに来るように言うことはつながろうとすることです。「呼ぶ」ということが持つポジティブな力を感じました。

 

こんなふうに、不安を抱えていたり、つらい状況に置かれている子どもたちを助ける方法として、「呼ぶ」ことは非常に役だと方法だと思いました。

 

例えば、いじめの場合では、友達の立場では、いじめを止めさせることは難しいことが多いと思います。いじめを受けている子どもをこっちへ来るように呼んであげることで、つらい状況から助けてあげることができます。

 

スクールカウンセラーとしての子どもの相談では、被害を受けている子どもの相談の時には呼んでもらうように友達にお願いしてみることを勧めることがあります。反対に、友達を助けたい子どもの相談の時には、その友達を呼んであげることを提案することも良くあります。そんな事を思い出したシーンでした。

 

友達同士のおしゃべりが勇気づける

 

トランスジェンダーであることがSNSで広まってしまい、ハナは大きな不安を抱えて学校へ通えなくなってしまいました。そんなハナの所に、一人の友達からメッセージが転送されてきました。その友達数人で、ハナについておしゃべりをしている内容でした。会いたい、ハナは友達、ハナはいい子、などハナへの直接の好意が書き込まれたものもありました。ハナを直接知らない子からも、応援しているといった書き込みがありました。こういったメッセージでハナは少し元気を取り戻したようです。

 

SNSの否定的な書き込みは、言わばネガティブなネットワークです。反対に、友達が転送してくれたその他の友達の言葉から、ポジティブなネットワークがあることが伝わってきます。単にハナを励ますだけでは、ネガティブなネットワークに飲み込まれてしまいそうな不安が生じてくると思います。ハナの周りに、ポジティブなネットワークがあることに気づかせてくれることが、ハナを大きく勇気づけたのではないかと感じました。

 

ところで、オープンダイアローグなどで活用されているリフレクティングプロセスという手法があります。複数の支援者が、クライエントの話を聞くのですが、面接の終わりに近いところで支援者だけでクライエントについて話しをします。そのやり取りをクライエントには見てもらいます。言わば、ポジティブな噂話を聞いてもらうのです。このリフレクティングプロセスがクライエントの回復に大きな役割を果たしていると考えられています。

 

ハナの友達が転送してくれた書き込みは、このリフレクティングプロセスに似ていると思います。ネガティブな噂話(SNSの書き込み)によって傷ついた気持ちが、ポジティブな噂話で少し回復したのだと考えられます。

 

スクールカウンセラーの活動でも、ポジティブなネットワークが周りにあることを少しでも感じてもらいたいと思い、「担任の先生が保健の先生と話してて、あなたが頑張ってるって言ってたよ」などと伝えることがあります。そういった関わりも意味があるのではないかと、改めて感じました。

 

お勧めします

 

 

今は、NHK for Schoolのホームページから『ファースト・デイ わたしはハナ!』は全話無料で見ることができます。でも、NHKが作ったドラマではありませんので、ずっとホームページから無料で見ることができるとは、考えにくいと思います。

 

特に、学校向けの番組をまとめたホームページに掲載されていますので、もしかしたら、4月の新学年の始まりの時期には見ることができなくなってしまうかもしれません。

 

今のうちに、見ておくことをお勧めします。