頑張り屋のサツキ
サツキは、母親代わりになって、家族を支える頑張りやさんです。たとえば、父親が寝坊をしてすっかり寝過ごしてしまっても、サツキはメイに手伝わせながら朝食の準備を整えています。父親はメイに起こされてやっと起きます。そしてサツキが朝食を作っているのを見て「すまん、また寝過ごした。」と謝っています。「また寝過ごした」、と言っているところから、父親が寝過ごしてサツキが朝食を作ったのは今回だけではないことが分かります。しかも、サツキは、朝食だけではなく、お昼のお弁当まで作ります。サツキは「今日から私お弁当よ」「みんなのも作るね」とさわやかに言い、自分のお弁当だけではなく、父親とメイのお弁当まで作ってしまいます。メイはサツキにお弁当を作ってもらって、飛び上がって喜びます。そして、作ってもらった自分のお弁当を見つめながらうっとりとため息をつきます。メイは、本当にうれしそうに見えます。
サツキは、家族みんなのことを考えて、細かく気配りをしているのです。その上に、こういった朝食とお弁当の準備という非常に忙しいさなかに、起こされてからやっと起きてきた父親に対して、文句一つ言わないのです。終始、元気で明るさがいっぱいです。サツキはすごく頑張っていて、非の打ち所がないような、よい子に思えます。
また、サツキは父親のことも心配し、世話を焼きます。父親が傘を持たずに仕事に出かけてしまったときには、サツキはそれに気づいて、バス停まで父親の傘を持って迎えに行きます。しかし、父親が帰ってくるはずのバスには父親は乗っておらず、サツキはメイと一緒にバス停で待ち続けます。そのうちに、すっかり日は暮れてしまい、真っ暗な中に街灯の明かりだけが光っています。しかも、メイは疲れて、サツキの側で立ったままうとうとし始めます。サツキは仕方なく、メイを背負ってそのままバスを待ち続けるのです。メイはサツキに甘えることができたのですが、サツキは誰にも支えてもらうことができません。サツキ自身も、非常に心細い気持ちになっているはずですが、そのバス停で待ち続けるのです。サツキは本当に頑張っているのです。
他にも、サツキは家族以外との連絡もきちんとこなします。サツキたちがカン太のおばあちゃんと一緒に畑で野菜の収穫をしているときに、電報が配達されて来ます。それは母親が入院している病院からのもので、連絡を求める内容です。カン太のおばあちゃんは、本家に行って電話を借りるように促します。サツキは、カン太の家の本家で電話を借りて、父親の研究室まで電話を掛けるのです。
今では電話はごく日常的で手軽な道具ですが、サツキの時代には、特別なものだったと思われます。手軽さは全くありません。カン太がついてきてくれているとはいえ、見知らぬ家で電話を借りることは、簡単なことではないでしょう。しかも、電話はプッシュ式でもダイヤル式でもありません。交換手に掛ける先を伝えなくてはならないのです。サツキは、「市外をお願いします。」「東京の31局の1382番です。」と交換手に父親の大学の研究室の番号をきちんと伝えます。そして、電話がつながると「もしもし、考古学教室ですか? 父を、あの草壁をお願いします。」ときちんと話します。電話を掛けているときのサツキは、不安を強く抱えていて、しかも、それを一生懸命抑えているように見えます。母親の病気への不安に直面しながら、きちんと連絡をつけるということは、なかなかの仕事です。それを、サツキはしっかりとこなしています。ただ、10歳の子どもの果たす役割ではなく、家族に大人がいれば、その大人が果たす役割だと考えられます。やはり、サツキは相当な頑張りぶりなのです。
自分の事は後回しにするサツキ
引っ越してきて何日かたって、サツキとメイ、そして父親の3人で、母親のところにお見舞いに行きます。大部屋の病室の扉をサツキとメイが開けて中へ入っていきます。サツキは最初に「こんにちは」と入り口近くの人にきちんと挨拶をします。そして、きちんと入ってきた扉を閉めます。サツキは、周囲の人への心配りがきちんとできているのです。
一方、メイは母親のベッドまで、タタタタっと小走りに駆け寄ります。そして、「お母さん!!」とベッドの上の母親に飛びつくのです。メイは自分の気持ちだけで動いているようです。サツキとメイは非常に対称的です。
そして、サツキは「今日、田植え休みなの」とやっと母親に向けて声を発します。その日が田植え休みだということはサツキにはもちろん分かっていることです。おそらくメイにも分かっていることでしょう。そのことを知らない母親のために、サツキは説明したのです。サツキは入院している母親に久しぶりにあったわけです。だから、会えてうれしい気持ちや病気についての心配など、いろんな気持ちをいっぱいに抱えているはずです。しかし、サツキは自分自身の思いは脇の方へどけておいて、母親が疑問に思いそうなことに目を向け、そのことについて優先して説明しているのです。
その後、サツキは、母親に耳打ちをしてこっそり何かを伝えます。ところで、誰に聞かれないようにしているのでしょうか? その言葉以外は普通にしゃべっていますから、同じ病室の人に迷惑を掛けないよう気を遣って耳打ちをしているのではないと思われます。そうすると、サツキと母親以外にはメイしかいません。サツキは、メイに聞かれないように母親に耳打ちをしているのです。
耳打ちを聞いて、母親は少し驚いて「えっ! お化け屋敷!?」と言います。うれしそうな表情にも見えます。メイが「お化け屋敷好き?」と聞くと、母親は「もちろん。早く退院してお化けに会いたいわ。」と言うのです。そして、サツキが「よかったね、メイ。」とメイを気遣います。こういったやりとりから考えると、サツキは「お家がボロで、お化けが住んでるお化け屋敷みたいなの。メイはお母さんがお化け屋敷は嫌じゃないかって心配しているの。」などと、メイの心配をこっそりと母親に伝えたのではないかと想像されます。サツキは、メイの心配を解消し、メイと母親の関係をつなごうと心を砕いているようです。
もちろんサツキも少しはメイと同じように、母親が新しい家を気に入ってくれるかどうかは心配しているでしょう。メイの心配はサツキの心配でもあるはずです。しかし、サツキはそれを自分の心配として母親にストレートに打ち明けることをしていません。サツキは自分のことは二の次にして、他の家族のことを優先させているのです。
結局、サツキは母親に自分のことや自分の気持ちを何一つ言っていません。自分以外の人のことを優先させて、自分のことは二の次にしているのです。
気持ちをぶつけるサツキ
今まで見てきたように、サツキは頑張りやでよい子です。自分のことは後回しにして、他の人のことに気を配るのです。しかし、サツキもごく普通の人間ですし、小学4年生の子どもです。怒ったり、泣いたりすることもあるのが自然です。
サツキが、一番に気持ちをぶつけているのは、妹のメイです。母親を見舞いに行ったときに、メイは「お姉ちゃんすぐ怒るの。」と母親に言っています。サツキはメイを叱ったり、怒ったりすることも多いようです。
例えば、メイが初めてトトロに出会った後に、サツキと父親がメイを探す場面です。サツキがメイの帽子を見つけて、そばにあった木の小さなトンネルに入っていきます。その奥は少し広くなっていて、そこにメイは横たわっています。サツキがメイに何度も呼びかけたり揺すったりすると、メイは「ンー」と声を出します。どうやらメイはぐっすり眠っているのです。サツキは少しホッとしたようですが、次の瞬間メイに向かって「メイ!! こら!! 起きろ!!」と大声で言います。やっと目を覚ましたメイに向かって、サツキは「こんなところで寝てちゃだめでしょ!!」と怒るのです。冷静に考えると、この場合、怒られるのは、父親のはずです。4歳の子どもに昼食も食べさせないで、ほったらかしにしておいたのですから。その父親は、やっとトンネルをくぐって、その後少ししてそこに現れます。でも、サツキは父親には怒ったりしないのです。
また、サツキが自分の感情を爆発させるのもメイに対してです。母親の入院している病院から電報があり、サツキが父親と連絡を取って、母親の一時帰宅が延期されると分かります。その後、サツキがメイに「お母さん、体の具合が悪いんだって。だから今度帰ってくるの、のばすって。」と説明します。しかし、メイは「やだーっ!!」と聞き分けがありません。サツキが、重ねて言って聞かせますが、メイは「やだーっ!!」の一点張りです。ついにサツキは感情を爆発させ「メイのバカ!!」「もう知らないっ!!」と叫び、メイをほったらかしにして一人で行ってしまいます。
カン太に対してもサツキは自分の感情をはっきりとぶつけています。上に書いたメイに感情をぶつける場面にはカン太が居合わせています。この場面はカン太に直接に感情をぶつけたわけではないのですが、感情的な自分をカン太の前ではっきりと見せています。
他にも、引っ越しの初日におはぎをカン太が持ってきてくれる場面では、カン太が「ヤーイ! お前んち、おっ化け、やっしき~!!」とサツキをからかってきます。サツキは、走り去るカン太に思いっきりあっかんべぇをしています。お母さんのお見舞いに行くときにも、父親の自転車の後ろに乗って、カン太にあっかんべぇをします。なお、どちらの場面でも、サツキの父親には、サツキがカン太にあっかんべぇをする様子は見えていません。サツキは、カン太には遠慮したり気を遣ったりせずに自分をぶつけられるようです。
また、サツキは、カン太のおばあちゃんには、自分が抱えていた大きな不安をぶつけています。母親が一時帰宅できないと分かって、サツキとメイはすっかり落ち込んでしまいます。サツキは洗濯物も取り込まずに、ただゴロッと畳の上に横になっているだけです。そこへ、カン太の祖母が、心配して様子を見に来てくれます。カン太の祖母が、お米をとぎながら「お母さん風邪だっていうんだから、次の土曜日には戻ってくるよ。」と言ってサツキを元気づけようとします。サツキは、「この前もそうだったの、ほんのちょっと入院するだけだって、風邪みたいなものだって…。」と話し始めます。サツキは、不安を抑えて冷静さを保って話そうとしているように見えます。しかし、「お母さん死んじゃったらどうしよう!」と叫ぶように言い、母親が死んでしまうかもしれないという不安が吹き出してきます。そして、その場に立ちつくして、くしゃくしゃに顔をゆがめて、小さな子どものように泣きじゃくるのです。カン太の祖母は、一生懸命に不安を和らげようとサツキをなぐさめるのです。
サツキは寂しさや不安を抱えています
以上のように、サツキは、元気で明るく、よく気がついて頑張っている、本当によい子なのですが、もちろん一人の人間です。感情的になって、自分が抱えている感情を他人にぶつけてしまうこともあるのです。
しかし、サツキが感情的になったり、誰かに感情をぶつけてしまうのは、父親や母親がいない場面に限られています。母親には気を遣い、負担を掛けまいとしています。父親にも、文句さえ言わず、一所懸命に母親代わりに家事をこなしているのです。そして、自分が抱えている寂しさや不安は、父親にも母親にも打ち明けようとしませんし、ぶつけることもできないようです。
しかし、少し救いがあるのは、サツキのお母さんはそういうサツキのことを少し分かっていることです。そして、病室では、サツキのことをやさしくサポートしてくれているのです。
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